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新規性の擬制喪失(新規性喪失の例外)の判断基準及び判決実例

新規性の擬制喪失(新規性喪失の例外)の判断基準及び判決実例

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BY 編集部

一、前言
2024年7月1日改正施行の特許審査基準において、「新規性の擬制喪失」の判断基準第四項「差異が通常知識に基づく直接置換可能な技術的特徴に限定される場合」について、新規事例が追加されました。この追加事例の内容を見る限り、新規性の擬制喪失の判断基準が緩和される傾向があり、出願人の権益に影響を及ぼす可能性が懸念されます。このため、先願出願人または後願出願人の立場からも、新規性の擬制喪失の立法目的及び裁判所の見解を十分に理解した上で、それに基づいて明細書の作成方針や攻防戦略を調整する必要があると思われます。

二、新規性の擬制喪失の法規と概念
特許法第23条の規定によれば、「特許を出願した発明が、その出願より先に出願され、かつその出願後はじめて公開又は公告された発明特許出願若しくは実用新案登録出願に添付される明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された内容と同一である場合、発明特許を受けることができない。但し、該出願人と先に出願された発明特許出願又は実用新案登録出願の出願人が同一である場合は、この限りでない。」

また、特許審査基準2.6.4に規定されている「内容が同一である」とされる新規性の擬制喪失の範囲には、次のようなものが含まれています。
(1)完全に同一する場合、
(2)記載形式の違い、または直接かつ異議なく技術的特徴を理解できる範囲の差異に過ぎない場合、
(3)相互に対応する技術的特徴の上位・下位概念に差異がある場合、及び
(4)当業者の通常知識に基づき直接置換可能な技術的特徴の違いに過ぎない場合。

後願よりも先に出願され、後願の出願後に公開・公告された特許または実用新案である先願は、先行技術の一部を構成するものではありません。しかし、非常に類似した技術的手段を有する二つの出願が相次いで特許権を取得することを避けるため、後願の発明が先願に添付された明細書、特許請求の範囲または図面に記載された技術的内容と同一である場合、その発明は新規性を喪失したものと擬制されます。これは、特許法の特別規定によるものであります。

また、技術手段が非常に類似した二つの出願について、後願の出願時に先願が公開または公告されていない場合には、新規性や進歩性欠如を理由とした拒絶の根拠とすることができないため、新規性の擬制喪失の判断基準に「直接置換」の類型が加えられました。しかし、「直接置換」という判断基準は、しばしば主観的な解釈になりやすいので、審査や訴訟において攻撃や防御の焦点の一つとなっています。また、従来の特許審査基準では、「固定」や「緩めることができる」機能を持つネジやボルトが直接置換可能な技術的特徴の例として示されていました。
このような背景のもと、2024年7月1日に改正施行された特許審査基準では、以下の具体例および説明が新たに追加され、判断の基準がより明確に示されています。

【特許出願の請求項】
チップ封止構造であって、少なくとも、
金属基板と、
能動面及びそれに対応する背面を有するチップと、
前記金属基板および前記チップ上に配置された積層配線層と
を含むこと。

〔引用文献〕
チップ封止構造であって、少なくとも、
セラミック基板と
能動面及びそれに対応する背面を有するチップと、
前記金属基板および前記チップ上に配置された積層配線層と
を含むこと。

〔説明〕引用文献は、上記特許出願よりも先に出願され、特許出願後に公開された先行出願であり、その差異は、基板の材質のみです。また、引用文献には、セラミック基板がチップを搭載する機能を有することが記載されており、金属基板もチップを搭載する機能を有することは、その技術分野の通常知識です。したがって、出願された発明において、単に引用文献のセラミック基板を金属基板に置換することは、通常の知識に基づく直接的な置換と見なされるべきであると考えます。


三、裁判所の判決事例についての検討
1.知的財産及び商業裁判所2021年度民専訴字第32号民事判決および2022年度民専上字第19号民事判決

案件概要
係争特許(I525210)の原告である特許権者は、被告が輸入・販売した係争製品が特許の訂正後の請求項29および30の権利範囲に該当し、原告の特許権を侵害していると主張しています。被告は乙号証2を用いて無効抗弁を提出し、係争特許の訂正後の請求項29および30が新規性を擬制喪失していると主張しています。

乙号証2は、特許法第23条に定められた「先に出願し、後願の出願後に公開された」適格な証拠に該当します。また、乙号証2に開示された化合物は、係争特許の訂正後の請求項29および30に記載された式(II1)の化合物との唯一の差異は、乙号証2の化合物が含有する金属がハフニウム(Hf)であり、係争特許の化合物が含有する金属がジルコニウム(Zr)である点です。それ以外の構造は完全に同一です。ハフニウム(Hf)とジルコニウム(Zr)は、いずれも周期表の第IV族元素であり、原子の大きさが同じで、化学的性質も類似しているため、当該技術分野の通常の知識を有する者であれば、ハフニウム(Hf)とジルコニウム(Zr)が「他の官能基と反応して特定の薄膜形成材料を合成する」機能を持ち、機能が同一で直接置換が可能であることを理解していると考えられます。したがって、乙号証2の内容に基づき、係争特許の訂正後の請求項29および30は新規性を擬制喪失していると判断されます。

裁判所の見解
立法趣旨に関しまして、第一審判決では次のように指摘しております。「同一(あるいは直接置換可能な)発明または実用新案に前後に権利を付与しますと、善意の第三者が実施する際に権利者を特定できなくなる事態が生じます。さらに、二つの権利が相互に排他的となり、結果的に実施不能に陥る可能性があります。これは最終的に、特許法第1条が掲げる『産業の発達を促進する』という立法目的に反する結果を招いてしまいます」。 
これに対し、控訴審判決は新規性擬制喪失制度について次のように解釈を示しております。「この制度は、『特許権の専用排他性』と『一発明一特許の原則』のバランスを図るため、立法者が後願出願時点で未公開の先願発明を優先保護する選択をしたものです。法律で先願発明を既存の先行技術と擬制し、後願発明の新規性を喪失させる仕組みとなっています」。 
「特許法第23条の立法の沿革および規範目的から明らかなように、『当業者の通常の知識で直接置換可能な技術的特徴の差異』を同条における『内容の同一性』の判断基準の一つとすることは、同条の適用範囲を逸脱するものではありません。」

通常の知識で直接置換可能な技術的特徴について、一審判決は「直接置換」とは「差異のある特徴が機能として同一であり、通常の知識に基づいて行える直接的な置換」を指し、機能、手段、目的が完全に同一である必要はないと指摘しています。二審判決でも「直接置換」は、置換前後の技術的特徴自体が同一機能を持つかどうかを判断するものであり、技術的特徴の置換前後に全体の技術手段が同一機能を生じるかどうかは要件ではないと説明されています。したがって、判決で述べられている「当該技術分野において通常の知識を有する者であれば、ハフニウム(Hf)とジルコニウム(Zr)が同一機能の直接置換を行えることを理解している」との内容は、新規性の判断に、進歩性の概念を不当に持ち込むことはありません。

2.知的財産及び商業法院2024年度行専訴字第39号判決 
案件概要
参加人は、係争特許(I769592号)が特許査定時の特許法第23条に違反するとの主張に基づき無効審判を請求しました。これに対し被告である知的財産局は審査の結果、同特許が前記法条に違反していると判断し、「請求項1~8について無効成立(取消すべき旨の審決)」という行政処分を下しました。この処分に不服のある原告(特許権者)は訴願を提起しましたが、経済部により棄却されました。その後、原告は行政訴訟を提起するに至った次第です。

証拠2に開示の沈降片、織針、針鉤、第一過渡面、第二過渡面について、係争特許請求項1の申克片、織針、針鉤、第一推紗面および第二推紗面との技術的特徴の違いが、文字の記載形式や直接かつ明確に理解できる技術的特徴のみにあります。また、証拠2の片鼻過渡面の外観形状は、係争特許請求項2の「その片鼻の一端が斜辺を持ち、その斜辺が片鼻の底側から頂側に延び、前進方向に向かって高くなる」という外観形状の特徴とは異なります。しかし、証拠2は、係争特許請求項2の内容と同じ技術的特徴を示しており、片鼻の一端部が斜面形状であるという技術的特徴は機能的に実質的な違いがありません。この斜面形状の違いは、通常の知識に基づいて直接置換可能な技術的特徴です。したがって、証拠2の内容に基づき、係争特許請求項1から8は新規性を擬制喪失していると判断されます。

裁判所の判断
この判決でも、新規性擬制喪失における「直接置換」の判断に際して、差異のある技術的特徴が「同一の機能」を有するか否かを検討すべきであり、そして、当業者が当該同一機能に基づいて、通常の知識に照らして直接置換可能であるかどうかを判断する際、明細書・特許請求の範囲・図面、および出願時の通常知識を参照し、特許出願の発明の技術的趣旨を理解することができると指摘しています。
新規性擬制喪失における「内容の同一性」には、出願発明と先行技術の差異が部分的な技術的特徴のみに存在し、かつ当該技術的特徴が当該技術分野の通常知識者にとって通常の知識に基づき直接置換可能である場合が含まれます。比較対象となるのは両者の備える機能そのものであり、置換前後の効果が同一かを対比するものではありません。

四、結論
「通常の知識で直接置換可能な技術的特徴」を新規性の擬制喪失における「内容同一性」の判断基準とすることについては、これまで多くの議論があり、その中には新規性の判断基準との矛盾や、不適切に進歩性の概念が新規性の判断に持ち込まれる懸念などの意見も少なくありません。しかし、113年7月1日から施行された特許審査基準や上述の裁判所の判決内容を考慮すると、特許権の専用排他性および一発明一特許原則を踏まえ、「差異が通常の知識で直接置換可能な技術的特徴のみにある」とすることを特許法第23条の「内容同一」の判断基準の一つとする必要性があると言えます。

さらに、「通常の知識で直接置換可能な技術的特徴」とは、差異の特徴そのものが機能的に同一であり、通常の知識に基づいて直接置換でき、さらに、置換前後の全体的な効果、機能、手段、目的が完全に同一である必要はないことが、裁判所の判決からも理解できます。

審査基準の改訂と参考にできる判例が増える中で、審査機関と審判機関の見解が次第に一致してきていることが見受けられます。また、新規性擬制喪失における「直接置換」の判断を取り入れる正当性が確立されつつあります。これにより、内容が非常に近い両出願における先願人に対して、より充実した保護と排他権益を提供し、善意の第三者がどの者から許諾を取得すべきか不明になる事態や、両特許権が相互に排他し実施不能になるといった事態を避けることができます。

以上を踏まえ、出願人は新規性擬制喪失の立法目的や裁判所の見解を十分に理解した上で、明細書の記載構成並びに審査・審判対応戦略を調整し、実務上の対応をより的確にすべきです。

※本記事に関してご不明な点がございましたら、いつでもお気軽にipdept@taie.com.twまでお問い合わせ下さい。
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