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一、前書き
進歩性の具体的な判断においては、台湾も日本も、進歩性が否定される方向に働く要素の一つとして、「簡単変更」(日本における「設計変更」、「設計的事項」に相当する)というのがある。「簡単変更」について、台湾の審査基準では、以下のように規定されている。
「特許請求の発明と単一引例の技術内容との両者の相違技術特徴について、当業者が特定の課題を解決する際に、出願時の通常知識を利用して、単一引例の相違技術的特徴を簡単な調整、置換、省略、又は転用等により特許請求の発明を完成できる場合、その発明は、単一引例の技術内容による「簡単変更」であると言える。」
ただし、拒絶理由通知書では、ちゃんとした論理付けもせずに、引例との相違技術特徴を「簡単変更」であると適当に認定してしまうことはよく見られる。この点に関して、109年度行專訴字第57号の行政判決では、知的財産局の「簡単変更」に対する認定を否定したものであり、参考に値する。
二、判決の概要
1、事件の経過
原告(実用新案権者)が所有している「フローティングドックと固定杭との接続装置」の実用新案について、参加人(無効審判請求人)が係争考案の進歩性欠如を理由として、無効審判を請求した。知的財産局が審査した結果、[請求項1~11に対する無効審判の請求が成立する]との処分を下し、該処分に不服がある原告は、次々と訴願、行政訴訟を提起した末、知的財産裁判所は審理を経て、原処分を棄却した。
2、係争考案請求項1の内容
係争考案請求項1 | 対応図面(図1、3) |
フローティングドックと固定杭との接続装置であって、…前記ローラ(63)と同一の数量を有するパッド板(65)と、を有し、前記パッド板(65)はプレート状であり、前記弾性体の円柱体を前記固定杭に接触させることにより波による衝撃を吸収・解消するように、前記軸クレーム(633)と前記フレーム面(611)との間に配置されている |
証拠1には、係争考案請求項1の「ローラーと同一の数量を有するパッド板と、を有し、前記パッド板はプレート状であり、前記軸クレームと前記フレームの表面との間に配置されている」との技術特徴について開示されていないが、証拠1の図1及び明細書段落【0016】には、「パイルホルダーはフローティングブリッジを締め付けるために用いられるものである」ことが開示されているので、その「パッド板」の機能は既に証拠1に開示されていることが分かる。また、証拠1の図2及び明細書段落【0015】によれば、ローラー受座1は、六角ボルト6により固定クレーム5に接続されており、ローラー受座1と固定クレーム5との間に、符号なしの部材Ⅹが位置し、当該部材Ⅹは、ローラー受座1と六角ボルト6とともに固定フレーム5に接続されているので、証拠1の部材Ⅹの位置は、係争考案請求項1のパット板の位置に相当し、更に、フローティングブリッジ接続装置はいずれも「密接」及び「波による衝撃を吸収・解消する」という機能・目的を有していることを勘案した上で、当業者であれば、ローラー受座1と固定クレーム5との隙間を調整するために、証拠1の部材Ⅹをパット板に簡単に変更することができる。
証拠1の図1 | 証拠1の図2 |
4、裁判所の見解
(1)証拠1に係争考案請求項1における「パット板」及びその接続関係に関する技術特徴が開示されていないことから、関連示唆が欠如している前提では、当業者が証拠1に開示された技術を簡単変更により係争考案請求項1の創作を容易に完成できるとは言い難い。また、被告(知的財産局)は、引例1にパッド板が開示されていないと自ら認めているならば、なぜ、パッド板の機能は証拠1に開示されていると言えるのか。もし、被告が証拠1における他の部材が係争考案請求項1の「パッド板」の機能を達成できると主張しようとする場合、その機能は、明らかに証拠1と異なる技術手段によって達成されるものであり、被告の、単に「機能が同一であることから、既に開示されたと認定した」との主張は、技術特徴との具体的な相違を考慮していないので、合理的ではない。
(2)証拠1におけるパイルホルダーの機能は、フローティングブリッジを締め付けるためのものであるのに対し、パッド板は、「弾性体の円柱体を固定杭に接触させる」作用を発揮するものであり、円柱体と固定杭との隙間を埋めるものとして機能するので、両者の機能は明らかに相違している。従って、パイルホルダーの機能に基づいてパッド板の機能を開示したとの被告の推論は、採用する余地はない。
(3)証拠1の創作目的は、フローティングブリッジの左右方向の揺れによる問題(従来のパイルホルダーは垂直方向の接触固定しかできない)を解決するためのものであり、パイルホルダーと固定杭との「密接」及び「波による衝撃を吸収・解消する」などの関連問題及び創作目的について言及されていなく、即ち、証拠1には関連示唆を有していないので、関連示唆が欠如している前提では、当業者が「密接」及び「波による衝撃を吸収・解消する」の機能目的に基づいて係争考案請求項1の創作を容易に完成できるわけがない。
三、作者の見解
台湾では、審査官が、出願の発明と引例との相違技術特徴について、審査基準における「特定の課題を解決する際に、出願時の通常知識を利用して、単一引例の相違技術的特徴を簡単な調整、置換、省略、又は転用等により特許請求の発明を完成できる」との規定に従って論理付けをせずに、容易にそれを簡単変更と認定してしまう傾向がある。
また、台湾の「簡単変更」の規定は、日本審査基準における「(i)一定の課題を解決するための公知材料の中からの最適材料の選択、(ii)一定の課題を解決するための数値範囲の最適化又は好適化、(iii)一定の課題を解決するための均等物による置換、(iv)一定の課題を解決するための技術の具体的適用に伴う設計変更や設計的事項の採用」のように、具体的な判断項目及びその関連の例が開示されていないので、より一層、簡単変更と認定されがちとなる。
本件判決で、知的財産局は、
(1) 証拠1の明細書に開示されておらず、図面の一部(部材Ⅹ)に基づいて、係争考案の「パッド板」と同一と認定し、
(2) 証拠1のパイルホルダーの機能にパッド板の機能が開示され、
(3) フローティングブリッジ接続装置はいずれも「密接」及び「波による衝撃を吸収・解消する」という機能・目的を有する、
等の点に基づいて、証拠1の部材Ⅹをパッド板に簡単に変更できると主張し、それに対して、裁判所は、
(1) パッド板が開示されていない証拠1から、何ら示唆もない前提で、簡単変更によりパッド板及びその機能を想到できるとは言い難く、
(2 ) 証拠1におけるパイルホルダーとパッド板との機能は明らかに相違し、
(3) 証拠1には、「密接」及び「波による衝撃を吸収・解消する」などの関連問題及び創作目的について言及されていなく、当業者がそれらに基づいて係争考案請求項1の創作を容易に完成できるわけがない、
などの論理付けで、証拠1に基づいて、係争考案の進歩性を否定できないとして、原処分を棄却した。
進歩性判断において、技術的特徴の相違について引例も挙げずに、簡単変更と認定される拒絶理由は少なくはない。このような拒絶理由に対して、一般的に反論は容易ではないが、本件判決のように、本願発明と引例との相違を強調しながら、その相違による作用効果、機能、達成できる課題なども相違すると反論することにより、突破口を見出してみたほうが良いと考える。
上記判決の紹介により、簡単変更との拒絶理由を受けた時の対応として、一助となれば幸いです。
※詳細については、ipdept@taie.com.twまでお問い合わせ下さい。