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事例(商標)
「York shiretea 約克夏茶」商標に係る無効審判事件 (2020/10/27)

程毓筑

商標が、「公衆にその商品又は役務の性質、品質又は産地を誤認誤信させる虞があるもの」である場合は、商標法第30条第1項第8号に該当し、登録を受けることはできない。以下、商標法第30条第1項第8号に該当するものと認められて登録が取消された「York shiretea 約克夏茶」商標に係る無効審判事件をご紹介する。

知的財産裁判所108年度(西暦2019年)行商訴字第109号判決

Ø 事件の概要:

係争商標

登録番号:第00158031
商標権者:馥餘實業股份有限公司
出願日:2000429
登録日:200221
指定商品・役務:各種の書籍・刊行物・雑誌・文献の編集、翻訳、レストラン、旅館、冷熱飲料店、飲食店、軽食堂、氷菓店、喫茶店、コーヒーショップ、ビヤガーデン、バー、ホテル、迎賓館、旅店、ガーデンデザイン、インテリアデザイン、印刷、製品の外観造形及び構造の設計。

引用商標(登録済み)

登録番号:第01628086
商標権者(請求人):BETTYS & TAYLORS GROUP LTD
出願日:201338
登録日:2014216
指定商品・役務:コーヒー、茶、ココア、シュガー、タピオカ粉、サゴ米、米、代用品としてのコーヒー、麦粉及び穀物調製品、パン、菓子及びキャンディ、アイス、蜂蜜、シロップ、酵母、発酵パウダー、塩、わさび、酢、調味たれ、調味用香料、氷、サンドイッチ、ピサ、パイ及びスパゲッティ。

引用された使用商標(未登録)

 

 

 

請求人である「BETTYS & TAYLORS GROUP LTD」は2018年2月27日に、「商標登録第00158031号は、登録当時の商標法第77条において準用する第37条第6号・第7号、及び現行の商標法第30条第1項第8号・第11号の規定に該当するので、その登録を取り消すべきである」と主張し、係争商標である登録第00158031号商標に対して無効審判を請求した。その後、知的財産局が審査した結果、「ヨークシャー(Yorkshire)は、わが国の消費者に認識されているイギリスの地名であることから、『York shiretea』及びその中国語『約克夏茶』によって構成される係争商標は、消費者に、その役務がイギリスのヨークシャーからのもの、若しくは該地域に関連しているものを連想させる。故に、係争商標は、産地についての誤認誤信を生じさせる虞があるので、その登録を取消すべきである。」との旨の処分を下した。また、係争商標の商標権者はその処分に不服を有することから、訴願、続いて行政訴訟を提起したが、それに対して知的財産裁判所も、「係争商標は、登録当時の商標法第77条において準用する第37条第6号、及び現行の商標法第30条第1項第8号に該当するので、その登録を取り消すべきである。よって、訴願決定及び原処分を維持する。」との旨の判決を下した。

Ø 知的財産裁判所の判決理由の概要:

一、本条(現行の商標法第30条第1項第8号)について、最高行政裁判所による99年度判字第1324号の判決には、「本条の趣旨は、商標構成要素の図形・文字等とその商品又は役務との不符合状態を制止し、商標の外観、呼称又は概念が表すものと商品又は役務とが符合しないために、消費者が誤信誤認して誤購入し、損害を受けるのを避けることにある。」ことが明記されており、また、最高行政裁判所による92年度判字第907号及び本裁判所による98年度行商訴字第18号の判決には、「本条文中の『公衆』は、わが国の消費者を指しており、又、『産地』とは、係争産品を盛んに産出する者に限定されない」ことが明記されている。
二、「Yorkshire」は、わが国の消費者に認識されているイギリスの地名である。
三、「York shiretea」及びその中国語「約克夏茶」によって構成される係争商標は客観上、消費者に、その役務の出所はイギリスのヨークシャーである、若しくは役務で提供された商品は、イギリスのヨークシャーに関連しているものであると連想させる。
四、係争商標の商標権者である原告及び元の商標権者である「台灣西雅圖極品咖啡股份有限公司」は共にわが国の法人であり、また、原告は、係争商標を使用する役務は実際に、確かにイギリスのヨークシャーに由来しイギリスのヨークシャーに関連していることを立証できる証拠を提出しなかったので、係争商標とその役務とは符合しない事情があると認める。
五、参加人である「BETTYS & TAYLORS GROUP LTD」(無効審判請求人)は、世界中で長期間に亘り引用商標を使用していることから、同業者の原告は、最早参加人の引用商標の存在を知っているはずであるので、原告の係争商標は、参加人と繋がっているブランド及び地名に便乗しているもののようである。
六、商標が、公衆にその商品又は役務の性質、品質又は産地を誤認誤信させる虞のあるものであるか否かについては、商標が指す特定の地域とその商品・役務との関連性は真実か否かに基づき判断すべきであり、該地域の名産は何か、若しくは商標の実際の使用状況の如何を問わない。

※原告は、本判決を不服として上訴したが、最高行政裁判所においては、原判決を肯認しているので、上訴を却下し、原判決を維持するとの判決を下した。 

Ø 知的財産局による当該判決に対するコメント:

本件の原処分及び判決においては共に係争商標を、その役務の出所がイギリスのヨークシャーである、若しくは該地域に関連していると連想させるものと認めることから、係争商標とその役務とは符合しない事情があるので、現行の商標法第30条第1項第8号に該当するとの判断がなされた。なお、知的財産裁判所による判決では、係争商標を、参加人と繋がっているブランドに便乗するものと見なし、出所の混同誤認を生じさせる虞があるようであるとも認定した。これについて、実務上では、商標法第30条第1項第8号に該当すると同時に、他人のブランドに便乗するものとして出所を混同誤認させる可能性もあると認定されることが稀であるが、本件は、参加人の登録商標が、商標法第30条第1項第8号に該当しなく、また、その実際の使用により既に識別力を得ていると認められるからであるかもしれないと考える。しかし、残念ながら、本件の判決書はこの点につき詳しく論述していない。

 Ø 筆者の見解:

本件は、現行の商標法第30条第1項第8号及び第11号を根拠に請求された無効審判事件であるが、第11号に該当するには、引用商標が著名商標であることのほか、本件は、5年の除斥期間経過後の請求であるため、係争商標の登録出願は悪意によるものであることも証明する必要がある。また、悪意を立証することは、実務上困難であり、本件の原処分及び判決では、第11号への当否が言及されず、第8号への該当のみが認められて係争商標の登録を取り消すこととなる。

なお、商標法第30条第1項第8号の適用においては、商標構成要素と使用する商品・役務とが、符合しているか否かから判断しなければならないが、その判断が微妙な場合や、認識不足などの事情により、過誤登録がなされたことがある。但し、出願の審査段階で拒絶されるべき商標の出願が拒絶されず、登録になっていても、依然として本件のように、無効審判が請求されて登録が取り消されることになり得る。

一方、商標法第60条には、「無効審判案件が審判により成立した場合、その登録を取り消さなければならない。但し、登録できない情況がすでに存在しない場合は、公益及び当事者の利益の衡平を参酌して、不成立の審判を下すことができる。」との規定を有しており、これによって、もし係争商標が長年にわたる使用によって、すでに消費者に熟知されていることを証明することができれば、上記の条文に基づき争ってみてもよいのではないかと考える。

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