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出版品(特実意)
無効審判段階と侵害訴訟段階における請求項解釈原則の違い (2023/08/30)

編集部

現行の専利法第58条第4項には、「特許権の範囲は、特許請求の範囲を基準とし、特許請求の範囲の解釈時には、明細書及び図面を参酌することができる」との特許請求の範囲の解釈についての基本的な原則が明記されているが、特許侵害訴訟と特許無効審判手続では、特許請求の範囲の解釈について異なる認定基準が採用されている。以下、最高行政裁判所の110年(2021年)度上字第717號の特許無効審判に係る判決内容を踏まえ、無効審判段階と侵害訴訟段階における請求項用語の解釈原則の違いについて説明する。

一、事実の概要

控訴人が所有している「台形スロットのロック」の特許(以下、係争特許と称する)について、参加人(無効審判請求人)が係争特許の請求項1、2が進歩性欠如などを無効理由として無効審判を請求した。知的財産局が審査を行った結果、「請求項1~2の無効審判の請求は成立する」との処分を下し、該処分に不服がある控訴人は、次々と訴願、行政訴訟を提起したが、夫々却下された。最後に、最高行政裁判所に上訴したが、依然として上訴を却下するとの判決が下された。

二、本件の争点

1、背景

係争特許の請求項1には、「凹キャビティには、…開口が設けられており、断面寸法に関して、該凹キャビティの内部は、該凹キャビティの開口部よりも大きく、…ロック部材に沿って滑動して該凹キャビティに進入するものであって、該ロック部材が該凹キャビティに挿入された後、該ロック部材が占有していない該凹キャビティの残りのスペースを填補する、滑動可能なロックピン」との技術特徴が記載されている。

出願段階において、控訴人は、係争特許の審査意見通知書に対して提出した応答書において、「該凹キャビティの内部は、該凹キャビティの開口部よりも大きい(即ち、台形)」ことを主張したが、請求項1における「凹キャビティ」を「台形の凹キャビティ」に補正しなく、かつ「凹キャビティ」を「台形の凹キャビティ」と限定した解釈もしなかった。

又、出願段階において、控訴人は、請求項1における「該凹キャビティの残りのスペースを填補する」との記載を、「該凹キャビティの残りのスペースを埋め尽くす」に変更するような補正もしなかった。

2、主な争点

無効審判段階において、控訴人は、請求項1における「凹キャビティ」を「台形の凹キャビティ」と解釈し、「該凹キャビティの残りのスペースを填補する」ことを「該凹キャビティの残りのスペースを埋め尽くす」ことと解釈したが、この解釈が正しいかどうかについて、以下、最高行政裁判所の上記解釈に関する見解を説明する。

三、判決内容の概要

係争特許の請求項1には、凹キャビティが台形の凹キャビティであることが限定されていないと共に、係争特許の明細書や図面の一部には非台形の構成が開示されているので、凹キャビティは台形という単一形状のみに限定されているわけではない。又、係争特許の明細書には、「台形や円錐形の凹キャビティは何れも従来の技術の欠点を改善できる」ことが記載されているので、凹キャビティを台形の凹キャビティのみに限定して解釈すべきではない。

又、係争特許の請求項1には、「該凹キャビティの残りのスペースを填補する」との特徴しか記載されていないことから、該特徴を「該凹キャビティの残りのスペースを埋め尽くす」との限定的な解釈をすべきではない。

よって、控訴人の上訴を却下する。

四、結論

専利侵害鑑定要点によれば、請求項の解釈は「特許権の有効性推定原則」を採用している。即ち、「特許侵害訴訟において、請求項に若干異なる解釈があった場合、最も広くて合理的な範囲で解釈を行うわけではなく、出願包袋の全ての資料に基づいて、特許権が有効になるように解釈しなければならない。即ち、できる限り、当該特許権が無効にならない解釈を選択する」との原則を採用している。

一方、特許無効審判手続における特許請求の範囲の解釈について、最高行政裁判所の108年(2019年)度判字486号行政判決では、「明細書の実施例及び図面を参酌して特許請求の範囲を解釈するときには、特許請求の範囲の最も広い合理的解釈を採用すべきであり、明細書において、特許請求の範囲の内容を実施例及び図面に限定すべきであることが明記されていない限り、実施例や図面により限定して解釈すべきではなく、ひいては当事者に有利な解釈により、公告された客観的な特許権の範囲を変更すべきではない」との見解が示されている。

特許権者は、第三者に無効審判が提起された後、特許請求の範囲を訂正して限定することができるが、無効審判の請求が成立するとの処分が下されてしまうと訂正することができなくなる。本件の場合、控訴人が無効審判の際に特許請求の範囲を訂正により限定していないことから、上訴において、控訴人が出願段階の履歴(応答書)のみに基づいて請求項を狭く解釈しかできないが、上記108年度判字486号行政判決の見解及び係争特許に対する判決に示すように、係争特許の明細書や図面には何れも、凹キャビティが台形の凹キャビティであるとの内容1や、該凹キャビティの残りのスペースを埋め尽くすとの内容2により請求の範囲を限定することに関する記載を有しないので、最高行政裁判所は、控訴人の上記内容1~2に基づく、係争特許の請求項1の限定解釈に係る主張を退けた。

故に、第三者に無効審判が提起された後、特許権者は、請求項に係る発明と、無効理由の証拠に開示された内容との相違が明らかでないと判断した場合、請求項の解釈のみではなく、無効審判段階で適時に、請求項を限定するための訂正請求を提出したほうがよい。なぜなら、一旦無効審判の請求が成立すると、訂正請求ができなくなるとともに、将来、行政訴訟の段階で、請求項の限定解釈も裁判官に受け入れられない可能性があるからである。

※詳細については、ipdept@taie.com.twまでお問い合わせ下さい。 

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