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出版品(特実意)
台湾、及び中国における、数値限定に係る補正規定の比較 (2020/11)

沈彥伶

(一) はじめに

特許出願に係る新規性・進歩性等の問題を解消するために、対応手段の一つとして、請求項に数値範囲の技術特徴を織り込んだり、請求項における数値範囲の技術特徴を更に限定したり、除くクレーム(disclaimer)とすることによって先行技術と重複している部分を排除したりすることがある。但し、上述のように補正を行う場合、出願人は、台湾の知的財産局から「補正は、出願の際の明細書、特許請求の範囲又は図面が開示した範囲を超えたので、専利法第43条第2項の規定を満たしていない」との審査意見、又は、中国の知的財産局から「修正は、元の説明書及び権利要求書に記載した範囲を超えたので、専利法第33条の規定を満たしていない」との審査意見を受け取ることがある。そこで本文では、数値限定の発明に対する補正について、台湾及び中国においてそのような補正を活用するために、両国の係る規定を比較し、実務経験を踏み込んだ上で、その差異を説明する。

(二) 台湾、中国の規定のまとめ

数値限定を補正する場合

台湾

中国

許される補正

l より広い範囲から実施例で限定された「より好ましい範囲」に減縮する。例えば元の特許請求の範囲に記載されたある化学の反応条件はpH=6~12であり、明細書の実施例に記載された「より好ましい範囲」がpH=6~8である時、pH=10~12の反応条件が既に先行技術で公開されたものであれば、特許請求の範囲をpH=6~8に補正することは許される。また、n=1~Xの正整数と記載されている場合、その中の正整数は明確に記載されているので、広い範囲をその中のより好ましい範囲に減縮することは許される。

l 狭い範囲から実施例で特定された「より好ましい範囲」に拡大する。例えば、元の特許請求の範囲に、ある瞬間凝固接着剤が記載され、その特性はHLB値(親水性一親油性平衡値)が9~11となっているが、明細書の実施例に既に接着剤の有効成分のHLB値範囲が7.5~11であるとの記載あった場合は、特許請求の範囲を新たにHLB値7.5~11に限定しなおす補正は許される。

l 明細書、特に実施例に開示された具体的数値を改めて組み合わせて新しい範囲とする。例えば、元の特許請求の範囲に記載される温度が20℃~90℃である以外、出願時の明細書又は特許請求の範囲に20℃~90℃の範囲における特定値40℃、60℃及び80℃が記載されている場合、特許請求の範囲の温度範囲を40℃~80℃、60℃~80℃又は60℃~90℃に補正することは許される。

l ネガティブな表現形式を用いた具体的な数値に補正する。出願時の明細書、特許請求の範囲又は図面で開示されていない数値は新規事項であるが、その数値が先行技術であれば、例外的に排除する方法(例えば、含まない、包括しない)で補正することを許す。例えば、元の特許請求の範囲に記載される数値がX160010000であり、先行技術の範囲がX22401500であった場合、X16001500は、X2の一部と重なっているため新規性を失ってしまうときは、数値1500は出願時の明細書、特許請求の範囲又は図面に開示されていないので、特許請求の範囲をその数値(1500)を含むX1150010000に変更することは許されない。但し、例外的に重複部分を排除した記載方式で特許請求の範囲に記載された数値の範囲を「X1150010000

」、又は「X1=600~10000、但し、600~1500を含まない」に補正することは許される。

(基準第二篇第6章4.2.3)

l 数値範囲の技術特徴が含まれる請求項における、数値範囲に対する補正は、補正後の数値範囲の開始値及び終了値が元明細書及び/又は権利要求書において明確に記載されていると共に、補正後の数値範囲が元の数値範囲以内にあることを前提とした場合に限って、許されるものとなる。例えば、発明専利の明細書又は権利要求書に、20℃~90℃の範囲以内の特定値で40℃、60℃、80℃も記載されていた場合には、出願人が請求項における当該温度範囲を60℃~80℃若しくは60℃~90℃に補正することが許される。

(指南第二部分第85.2.2.1

l 明細書及び権利要求書において、ある特徴の当初の数値範囲のほかの中間数値が記載されておらず、そして、対比文献に公開された内容により発明の新規性や創造性に影響を与えること、若しくは当該特徴から当初の数値範囲のある部分を取ると、発明が実施できないことに鑑みて、出願人が、具体的に「放棄する」方式を採用し、前記した当初の数値範囲から当該部分を排除することにより、保護を請求する技術方案の中の数値範囲を、全体から見ると、明らかに当該部分を含まないようにした場合、このような補正が、元説明書及び権利要求書に記載された範囲を超えるため、出願人が、出願当初の記載内容に基づき、当該特徴に「放棄」された数値を取ると、当該発明が実施できなくなること、若しくは、当該特徴に「放棄」後の数値を取ることにより、当該発明に新規性と創造性を備えるということを証明できる場合を除き、このような補正は許可されないものである。例えば、保護を請求する技術方案において、ある数値範囲がX160010000で、対比文献で公開された技術的内容と当該技術方案との区別は、その記述された数値範囲がX22401500であった。X1X2が部分的に重なっているため、当該請求項に新規性を備えない。出願人は具体的に「放棄する」方式を採用して、X1を補正し、X1のうちのX2と重なった部分である6001500を排除して、保護を請求する技術方案における当該数値範囲をX11500からX110000に補正した。もし出願人が当初の記載内容と現有技術に基づき、当該発明がX11500からX110000の数値範囲が、対比文献で公開されたX22401500よりも創造性があることを証明できず、且つ、X16001500を取ると、当該発明が実施できないことも証明できないなら、このような補正は許されないものである。

(指南第二部分第85.2.3.3

許されない
補正

l 元の特許請求の範囲で記載された反応条件はpH612であり、明細書の実施例に記載された「より好ましい範囲」がpH68である場合、新たにpH69と限定しなおす補正は、明細書にpH69の記載がないので、許されない。

(基準第二篇第64.2.3

l 不明確な内容を明確な内容に改めたことにより新規事項が導入される場合。例えば、合成の高分子化合物の発明特許出願で、出願時の明細書には「より高い温度」という反応条件下で重合反応することのみが記載されており、出願人が審査意見通知書で「引例とされた先行技術に50℃で同様な重合反応が行なわれていることが記載されている」ことを分かった後に、出願時の明細書における「より高い温度」を「50℃より高い温度」に補正する時、この「50℃より高い温度」との範囲が、「より高い温度」との範囲に含まれるものであっても、当業者が出願時の明細書、特許請求の範囲又は図面から「より高い温度」が暗示する意味が、「50℃より高い温度」のみに限定されているものと理解することができないので、この補正は新規事項の導入となる。

(基準第二篇第65.3

l 高分子化合物の合成に関する発明特許出願において、元出願書類では、「やや高い温度」で重合反応が進行するとだけ記載されていた。出願人は、審査官が引用された対比文献における「40℃で同じ重合反応が進行する」との記載を見て、元明細書の「やや高い温度」を「40℃より高い温度」に変更した。「40℃より高い温度」に係る範囲は、「やや高い温度」の範囲に含まれているが、当業者が元出願書類に基づいたとしても、「やや高い温度」とは「40℃より高い温度」を指すとは理解できないので、このような補正は新しい内容を導入したものである。

(指南第二部分第85.2.3.2

l 元出願書類において温度条件を10℃又は300℃と限定しており、その後に明細書において10℃~300℃に補正した場合、元出願書類に記載された内容から直接的に、疑う余地も無くその温度範囲が得られないと、その補正は元明細書及び権利要求書に記載された範囲を超えたものである。

(指南第二部分第85.2.3.2

l 明細書及び権利要求書において、ある特徴の当初の数値範囲のほかの中間数値が記載されておらず、そして、出願人が、具体的に「放棄する」方式を採用した場合、このような補正が、元明細書及び権利要求書に記載された範囲を超えるため、このような補正は許されないものである。

(指南第二部分第85.2.3.3


(三) 分析

1. 数値範囲の補正について

台湾の規定によると、明細書にいくつかの数値、及び特定の数値範囲が記載されていれば、出願人は、それらの数値に基づいて数値範囲を補正することができる。

ところが、台湾の審査基準において、「明細書に、いくつかの数値が記載されているが、特定の数値範囲が記載されていない場合には、それらの数値からなる新たな数値範囲を請求項に追加するとき、専利法第43条第2項の規定(元明細書、特許請求の範囲又は図面が開示した範囲を超えた)を違反するのか」について明確に規定されていない。例えば、明細書の実施例において、30℃、50℃、70℃との3つの実施例は何れも、該発明の目的を達成できるが、明細書には、「30℃~70℃」との数値範囲に関する記載を何ら有しない場合、「30℃~70℃」との数値範囲を請求項に追加すると、この補正は、「元明細書が開示した範囲を超える」と認定されるのか?実務上、審査官により、超えると判断されることもあれば、超えていないと判断されることもある。つまり、場合によっては異なる結果が生じることから、審査基準に基づいて、「この補正は許される」とは言い難く、基準におけるグレーゾーンと言える。

一方、中国の審査指南において、数値範囲の補正に係る規定は、台湾と大抵同じであるが、上述のような「不連続の単一数値を新たな数値範囲にする」との補正について、審査指南には、「元明細書には、係る数値範囲が明確に記載されると共に、その特定値は、当該数値範囲以内であれば、当該数値範囲の端点値を特定値に置換する補正は許される。元明細書に係る数値範囲が明確に記載されていない場合には、単一数値からなる新たな数値範囲を請求項に追加する補正は許されない」との明確な規定を有する。

2. 除くクレームとする補正(disclaimer)について

先ず、除くクレームとする補正について台湾の審査基準において、「ある数値範囲は先行技術に記載されていれば、当該範囲を排除する方法は例外的に許される補正であるので、除くクレームとする補正は、新規事項の導入とされない」と規定されているのに対し、中国においては、「(1)当該発明において“排除しようとする数値”を取ると、当該発明が実施できなくなる場合、又は(2)“先行技術に開示された数値”を排除することにより、当該発明に新規性と創造性を備える場合」との二つの状態に限って、除くクレームとする補正を行うことができる、と厳しく定められている。

(四) おわりに

前記規定のまとめ、及び分析から、数値範囲の補正及び除くクレームとする補正を行う場合に、台湾の規定は、中国ほど厳しくなく、利用しやすい利点を有するが、審査官に指摘される場合、台湾の規定や審査基準に応じて反論しにくい欠点があると言える。一方、中国では数値範囲の補正及び除くクレームとする補正について、台湾より厳しく規定されているが、審査指南において明確に規定されていることから、曖昧なところがない。

※ご不明点がございましたら、お気楽にipdept@taie.com.twまでお問い合わせ下さい。

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